8月16日 半日ツアー(オロンゴ,ラノ・カウ,タハイ)・ハンガロア村周辺散策


07:35 朝食
08:48 ホテル出発
09:12 オロンゴ儀式村(ラノ・カウ火口,鳥人伝説等) 
10:33 タハイ
11:10 MUSEO(イースター島博物館)
13:00 民芸品市場
14:30 昼食「Kopaka va na」
15:10 ホテル着
16:00 ホテル発
16:12 アナ カイ タンガタ
16:48 Ahu Riata→Ahu Ataranga(17:10)→Ahu Apina(17:31)→Ahu Tautira(17:39)→土産物屋散策
18:10 夕食「MAHATU」
18:55 日没(ハンガロア港)→スーパーマーケットで飲み物調達
19:40 ホテル着
21:00〜星空観察(南十字星等)

【朝食 @ホテルハンガロア】

 今回宿泊したホテルハンガロアには,朝食がついていた。タヒチでもそうだったが,こちらのコンチネンタルはあまり期待していなかった。それでもオムレツをその場で焼いてくれたりフレッシュな絞りたてジュースがあったりと,まずまずだった。温度計こそ持参しなかったが,結構冷え込みはきつかった。レストラン内は暖房がいまいちで,ちょっと肌寒かった。

【オロンゴ儀式村 ORONGO】

 この日の島の天気は非常に不安定で,晴れ間が出たかと思うと小雨が降ってくるといった感じだった。オロンゴの儀式村に到着した頃は,かろうじて晴れ間が見え,幸いにも海の展望もできた。
 オロンゴから海の方を見下ろすと小さな3つの島があった。この3つの島が,ここイースター島では重要な意味を持っている。
 モアイ信仰の時代が終わり,島では鳥人崇拝の時代に入る。鳥人崇拝は,争いの絶えなかった時代にあって考え出されたものであろう。この鳥人崇拝はモアイ信仰のころ繰り広げられた部族間の争いに終止符を打ち,島に平和をもたらしたと言われる。島の宗教指導者たちは,ORONGOに儀礼のための集落をつくり,毎年7〜8月にやってくる渡り鳥たちが,伝説の神マケマケの遣いであるとして,その来訪を待ち続けたのである。
 その鳥人崇拝の中でもっとも需要であった鳥人儀式は,島の各部族の代表選手が,神の遣いであると言われるマヌタラ(セグロアジサシ)がその年最初に産み落とした卵をとってくるという競技を行うというものである。幸運にも卵を手に入れた持ち帰った部族は島で1年間宗教や政治の実権を握るというのである。
 卵を取りに行くといっても簡単なことではない。高さ300mの断崖絶壁を命がけで降り,サメの棲む海を島まで2km泳ぎ,島に渡ってくる鳥が卵を産み落とすのをひたすら待つのである。小さな島にある洞窟で待つこと2〜3ヶ月。やっとの思い出卵を手にし,また,行き来た海を泳いで渡り,300mの断崖を登ってくるのである。この卵争奪戦で,多くの若者が命を落とし,人が人を殺めるということも起きたことも想像に難くない。この儀式は1866年まで続いたと言われる。つい最近のことである。

【住居跡】
 一方,崖の上では選手を待つ人々が住むための家が必要となるわけだが,風の強いこの島ならではの石を積んだ住居跡(20世紀に復元されたもの)を現在見ることができる。
 入り口が小さくあかり取りもないただ寝るだけの住居である。日中は外で海でも見ながら炊事等をしていたのだろう。風の影響を最小限にするためか,天井も低く,斜面に貼り付いたように並んでいた。

【ラノ・カウ火山】
 イースター島は直角二等辺三角形をの形をしており,その各頂点にそれぞれ火山がある。海底火山が3回噴火して形成された火山島である。起伏に富んだ島の地形も,この3つの火山によるものである。島を流れる川は一本もないが,火口湖の大量の水と豊富な地下水脈が島で暮らす人々の暮らしを支えている。イースター島では,年間約2000ミリの雨が降るそうだ。
 3つの火山は古い方から順にポイケ(約300万年前に噴火),ラノ・カウ(約250万年前に噴火),テレバカ(約30万年前に噴火)である。島の南西の角にあるラノ・カウ火山はハンガロア村から最も近く,オロンゴ儀式村もこの火山の中腹にある。
 ラノ・カウ火山は現在直径約1500mの巨大な火口湖をもつ。
 小雨が降る悪天候の中,半分以上あきらめていたが,幸いにも私たちが見に行った数分間のみ晴れ間が現れ,火口を見ることができた。火口の縁から火口湖の水面まで落差200mあるそうだが,遠近感が麻痺し,すぐ近くにも感じられた。不思議な感覚だった。

【岩絵】
 ラノ・カウ火山の火口湖を展望する場所のすぐ奥に,鳥人伝説を物語る岩絵がある。人の体に鳥の頭をもつ鳥人や,創造の神マケマケなどを岩に刻んだものだ。卵争奪戦に出ている青年の帰りを待つ間,崖の上のこの場所でのんびり刻んだのであろう。
 しかしこの貴重な歴史の遺産は,時間の問題で消えてしまうのではないかと思うぐらい風化が進んでいた。
 島内に2000点あると言われている岩絵やモアイの風化を防ぐ方法の研究が急務であると思う。1995年にユネスコ世界遺産に指定され,保護を進める体勢は整いつつあるのだろうが,チリ政府の姿勢もあるのだろうか。なかなか修復や保護が進まないようである。 

【タハイ Ahu Tahai】

 オロンゴをあとにし,7体のモアイがあるタハイ遺跡へ向かった。雨脚はどんどん強くなり,舗装されていない道の多い島内の凸凹道を下を噛みそうになるのを気を付けながら進む。
 タハイ遺跡のモアイは,「ハンガロア村から歩いて見に行くことができる唯一のモアイである」とガイドブックにはあるが,他にも歩いて見に行くことができるモアイはいくつかあった。しかしタハイ遺跡にある7体のモアイは,いくつかの意味で,見る価値がある。島の中で唯一,眼が復元されているモアイがあること,そして,海に沈む夕日をバックにシルエットのモアイを見ることができることなどがその理由であり,復元度も高い。復元されたのは1968年〜1970年だそうだ。
 タハイ遺跡には7体のモアイがあり,海に向かって右から,アフ・コテリクのモアイ,隣がアフ・タハイのモアイ,そして,左側にはアフ・バイ・ウリの5体のモアイが海を背に並んでいる。あいにく,雨が強くなってきたため,写真を撮るのもなかなか困難で,数枚シャッターを切るのがやっとだった。
 タハイとは,「夕陽が落ちる場所」という意味で,島で売られている絵はがきでも,多くの夕陽をバックにしたタハイのモアイの写真が使われていた。
 ガイドツアーは,このあとホテルまで送ってくれることになっていたが,タハイの隣がイースター島博物館なので,ここでツアーから離れることにした。

【イースター島博物館 MUSEO】

 イースター島博物館内の展示の解説は,すべてスペイン語でまったく分からないが,受付で借りた日本語の解説ファイルに,詳しく丁寧に解説されていたため,島の歴史や,モアイの作り方,はこび方,各展示物の説明なども,よくわかった。しかし,展示の番号とファイルの番号を照合しながら回ったため,意外と時間がかり,結構骨が折れた。(学芸員の方もいたが,さすがに語学の問題で質問はできなかった。)
 また,館内は写真撮影が一切できないため,解説ファイルを見ながらメモを取ってきた。
 イースター島のことを勉強するには,是非訪れたい場所である。
 ここの目玉は,なんと言っても「モアイの眼」である。アナケナ・ビーチにあるアフ・ナウナウで発見された物で,ほぼ完全な状態で現存する唯一のものだそうだ。白目は白珊瑚,瞳は赤色スコリアでできているそうだ。他にも,謎の文字ロンゴ・ロンゴ(現在解読はされていない)が刻まれている木片の本物が展示されていた。これは,世界中に28点しか現存しておらず,非常に貴重なものだそうだ。
 併設されたミュージアムショップでは,資料的なものから,イースター島やモアイなどに関する書物,ちょっとした飾りなどが売られていた。村内のおみやげ屋にあるものと比べると,ちょっと値段がはるが,ものがよいように感じた。
1時間半ほど,博物館で雨宿りを兼ねながら見学をしたが,雨が止む気配は一向に見られない。仕方なく,傘を差して泥水の流れる未舗装路を村の中心部に向かって歩いた。

【民芸品市場 Mercado Artesanal】

 雨の中,歩くこと20分。街のはずれの小高いところにある民芸品市場に到着した。ここでは,手工芸品を中心に,30あまりの小さな店がスペース一杯に品物を並べていた。手彫りのモアイの実演やロンゴロンゴの木彫りの実演販売なども行われていて,賑やかな所だった。
 せっかくイースター島に来たのだから,モアイの置物を買おうと,品定めをしながらお店を回った。大きさによって値段は異なり,店によって顔つきや出来も様々だ。座りが悪いと,その場で底を削り直してくれる。プカオがついていると値段も少し高くなるが,モアイらしくなるのでおすすめだ。だいたい10ドル前後のものが多かったが,価格交渉で意外と安くなるようだ。ここでは,石のモアイを数点,マホガニー製のロンゴロンゴの木彫りを2点,ピンバッジやランチョンマット,モアイのマグネットなどを購入した。
1時間以上ここにいたが,十分に楽しむことができた。しかし,外は相変わらず雨。食事を取るため,村の中心部に向かって傘を差して歩いた。道に沿ってある側溝というか,ただの溝には,赤茶色の泥水がすごい勢いで流れていた。

【昼食 @コパカバーナ Kopakavana】

 民芸品市場から10分ほどで,この日のお昼を食べたレストラン,コパカバーナへ到着。毎週火曜と金曜の夜には民族ショーもあり,賑わいを見せるようだが,昼は意外と空いていた。どこでもそうだが,メインを頼むと,これでもかと言うぐらいポテトが付いてくる。マグロのソテー(フライドポテト付き)とビールを頼んだ。マグロのソテーが6500ペソ,ビール(Escudo)が1本300ペソだった。(1000ペソ=約2ドル)
 マグロは一般的で,どこでも手頃な値段でおいしく食べることが出来,日本人の舌にも合うようだ。
旅行用の小さな醤油を持っていくと,一層おいしく食べられるかも知れないが,塩とレモンでも,十分おいしかった。

【アナ・カイ・タンガタ Ana Kai Tangata】

 タクシー(村内一律3ドル)で一旦ホテルに戻ったが,時間的にはもう少し島内を散策をするぐらいの余裕があったので,雨があがることを祈って,しばし休憩。願いが届いたのか,空が少し明るくなってきたので,ホテルのフロントでタクシーを呼んでもらい,16時ちょうどに,タクシーでアナ・カイ・タンガタに向かった。(ホテルから歩いて行くのにはちょっと遠く,他に交通機関がないためタクシーで行くのが一般的だと思う。帰りの足の手配も確実に行っておきたい。)
 アナ・カイ・タンガタは,直訳すると,「人食い洞窟」という意味になる。ここで人を食べたという証拠(人骨など)が見つかっていないため,現在では,オロンゴの儀式のための人選をした洞窟という説が主流だそうだ。いずれにしても,名前の由来を考えるとすこし怖いような気もした。
 洞窟へ向かう道は,海岸に向かう急な道で,手すりや階段がある程度だが整備されていた。足下はあまりよくないので,一人で行くのは少し危険かも知れない。周囲に人の気配はまったくない。
 歩き始めて5分ほどで,洞窟に到着する。海水が長い間に岩を削り,そこが洞窟のようになったような地形である。洞窟内の壁面から天井にかけて,鳥の図柄の彩色壁画が施されていて,一見の価値がある。今から約500年前のものだそうだ。
 ホテルから送ってもらったタクシーの運転手にお願いし,30分後に迎えを頼んでおいたので,見学を終え,少し早めに降りたところまでもどったが時間がまだあったので,その辺を少し歩いてみた。このころには雨がすっかり上がり,晴れ間が顔を出して,景色がとても綺麗だった。

【散歩】

 タクシーで,空港の西あたりの海岸まで送ってもらい,南から北へ向かって海岸線沿いに散歩してみることにした。雨上がりで道があまりよくなかったが,雲一つないいい天気になっていたため,とても気持ちよかった。散歩の道中,モアイを何体か見ることができた。また,ガイドブックに載っていないようなアフもいくつかあった。
 アフ・リアタのモアイは,意外と大きく,アフ・アタランガのモアイは,海岸にうつぶせたような状態で倒れていた。宿泊しているホテルの横を通り過ぎ,アフ・アピナ,さらに,港が見えてくると,アフ・タウティラのモアイが姿を現した。
 日没が近づき,せっかくなのでモアイをバックに夕陽が沈むところを写真に収めようと思い,アフ・アウティラのモアイの前で足踏みした。もう少し時間があればアフ・タハイのモアイまで行くことが出来たが,ちょっと距離があったので,港付近で食事をしながら日没を待つことにした。市役所や郵便局がある通りの突き当たりの港付近でレストランを探すことにした。何軒かレストランはあり,迷ったが,ガイドブックを頼りに入ろうとしたレストランはまだ準備中で,しばらく外で待つことになった。18時のオープンにあわせて入店し,すぐに注文をした。日没は間近だ。

【夕陽を見ながら夕食 @マハトゥ Mahatu】

 ここでも,懲りずにマグロのソテーを注文。今回はシュリンプソースがけだ。他に,野菜サンドと水も頼んだ。注文をしてから料理が来る間,何度か外に出て夕陽の沈み具合を見る。しかし,これがまたなかなか沈まない。なぜかは分からないが,すごく沈むのが遅く感じた。
 料理が来て,味わいながら食べてもまだ日は沈まない。結局,夕食を済ませて,外に出た頃がちょうど良い頃となった。18時50分を過ぎると,西の空が真っ赤になってきて,モアイの表情もしだいに見えなくなってきた。
 真っ赤な夕焼けと,モアイのシルエットがとても綺麗で,何とも言えない美しさだ。水平線付近の赤色から頭の上の青色にかけてのグラデーションが大変美しくかった。日没時刻は18時55分。日が沈むと,急に暗くなり,今度は星が輝きはじめた。とても幻想的だ。
 夜から朝にかけての水を買うため,村の中にあるスーパーに寄ってからホテルに帰った。19時40分ホテル着。

【南十字星】

 夜の9時をまわり,外に出てみると,ホテルのロビーでは地元のダンサーによるショーが行われていた。今回はキャンセルしたが,なかなか賑やかである。
 外に出た目的は,南十字星を肉眼で見ることと,それを写真に収めること。見つけ方は,日本で調べていったので比較的簡単だった。ケンタウルス座のα星を見つければ,あとは,そのすぐ下を見れば,十文字が見える。問題は写真に収めることだった。三脚がないため,いろいろなところに固定してセルフタイマー撮影だ。ファインダー越しに星を識別するのはかなり困難なため,おおよそ方向と画角を決め,あとは数で勝負。撮影後に液晶画面で拡大して,撮れているかどうかを確認するという作業を繰り返す。何とか,何枚かは,納得のいく写真を撮ることができた。
(右の写真をクリックすると,XGAサイズで写真が表示されます。揺れる椰子の葉が被写体ぶれをしていますが,カメラは固い石の上に置いて撮影したので,しっかりと南十字星が写っています。画面中央よりやや上(右の黄色の楕円内)に,時計回りに80度ぐらい傾いた十字を見ることができます。)